正しい人と言われて泣く
対人援助を生業にしているので
答えは一つではないと思っている
だから、正しいとか間違っているとか言われると
妙に異和感を感じてしまう
正しいの基準はどこに合わせているんだろうとか
間違いと言い切れる根拠は何?とか
どこか、へそ曲がり的な見方をする傾向がある
けれど、今日は
「正しい人」の言葉を、すんなりと受け止める
この「正しい」は、絶対的ではなく
今、この時点での、最良を相手のために選べると言う
限定された正しさ
人が人を支援する上で
決してブレてはいけない、誠実な姿勢の証
共に学んできた仲間から言われる「正しい」は
そこになんの利害も発生していないから
素直に受け入れることができる
仕事の中では、立場や役割の中で
本当に貫きたい方針を曲げざるを得ないことがある
社会人としては当たり前のことなのだけど
自分にとって、それは痛くて、辛い
そんなことも全て含み、呑み込んだ上で
仲間を「正しい人たち」と呼んでくれた
この軸はケアマネで
正悪の基準は一面的ではあるけれど
同じ目線で、同じ基準で
支援をしようという人が
仲間がいる、と思うことができた
そう
私はこんな風に仲間から認めて欲しかったんだなあと
思ったら、涙が出た
他の人から言われたら
なんだが偽善で、偉ぶっているみたいで、悪口にも聞こえるけれど
仲間からもらえる「正しい人」という言葉は
周りの評価なんて気にしなくていい
正しいと思えることを貫いて良い
そう背中を押されているような心持ち
飾っていない言葉なのに
鋭いほどの光を持つ
ありがとう
仲間たち
